共感性が欠如する「大人の発達障害」の特徴と対処方法

他者に共感する思いやりを持つことは基本的なマナーです

 最近、出版された書籍などで「大人の発達障害」注1を頻繁に目にすることが増えました。その背景には、身近な人に強いストレスをうける場面が急増し、相手を「大人の発達障害」ではないかと疑うことが増えたのではないかと感じています。その要因として、コロナ禍の影響で家族と濃密に過ごす時間が増え、些細な事に強いストレスをうけてしまう事や、職場のリモート業務の定着で、リアルに会って微妙なニュアンスを伝える機会が減り、誤解やトラブル起きてしまう事など、環境変化の影響も大きいと思われます。この「大人の発達障害」に該当する自閉スペクトラム症(ASD)注意欠陥多動症(ADHD)の傾向にある人とのコミュニケーションについてのご相談が、当長谷川メンタルヘルスケアセンターにおいても増えているように感じます。

・参考情報:厚生労働省サイト 発達障害の特性 (代表例)

注1:長谷川自身は差別的な「障害」という言葉に大きな違和感を感じており、障害ではなく脳機能・身体・思考・個性の多様性であるという考えであり、文意が伝わりにくいところは従来通りに障害とし、「本人が障害を持っている」という解釈ではなく、「社会の側に多様性にたいする障壁や障害がある」という解釈として、なるべくDSM-5-TR(精神疾患の分類と診断の手引き)で疾患の分類名称における「… Disorder」の日本語翻訳を従来の「…障害」から改定された「… 症」と表現します。

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社会活動で人を気遣う思いやりの「共感性」は人間愛の原点です

 
 「メリークリスマス!」の挨拶にも多様性が浸透して変化しています。特性の宗教の垣根を超えて世界中の多様性のある民族・人々がこの時期に挨拶できる、「ハッピーホリデー!」が拡がっています。このクリスマスの寒い時期に、多くのボランティア活動のスタッフたちがサンタさんに扮し、子ども達へのプレゼントを携えて、街中で社会活動が行われています。そこには、すべての子ども達を気遣い思いやる温かな気持ちが原動力になっています。人の痛みや悲しみに「共感する」温かな思いやりの気持ちは、崇高な人間愛だといえます。この人の痛みや悲しみを共に感じる「共感性」が、世界各地で起きている現在の紛争を止める原動力になり得ると信じています。全ての人の痛みを共に感じ、すべての人の命を大切にする人間愛で、子ども達の命をも巻き込む戦いの惨状が一日も早く終結することを心から願っています。


 身近な人との間で人間関係を維持するためには、相手の立場で物事を考え、相手の思考や気持ちを察することが必要です。この相手の考えや気持ちを推しはかることは、相手の喜びや悲しみの感情に共感する「共感性」であり、それは円滑な対人コミュニケーションにおいて、とても重要な社会的スキルといえるものです。しかし、パートナリティ特性の偏りといえるパーソナリティ障害の傾向がある成人、注意欠陥多動性症(ADHD)自閉症スペクトラム症(ASD)などの傾向にある成人、さらには認知症の初期症状にある成人の方々には、この共感性がない特性を症状とする場合が多くあります。この共感性がなく相手の気持ちを察することができない人が身近にいると強いストレスを受けることになります。例えば、交友関係、職場や家庭で、地域社会で、隣人が困難な状況に遭遇している場合にそれを察知して、その状況を改善するための配慮や援助する行動に結びつけることができるのは「相手を思いやる気持ち」です。この相手を思いやる心の動きが共感性です。この相手にたいする温かな思いやりの気持ちは、自分自身の心のなかで自然に湧き起こる大きな心理的な動因であり、相手への思いやりのある行動へのトリガーといえる人間愛そのものです。

共感性のある思いやり場面


 日頃の対人関係の場面において、この相手の立場で考え、相手の感情を感じ取る共感性を持つことは、相手を思いやる気遣いの優しい心で人と接することです。それは、大人の円滑な対人コミュニケーションには必須といえる重要な社会的スキルといえます。この社会的スキルは人間の発達段階では、幼児期には相手の視点で物ごとを観察したり、相手の立場から物事を考えることは難しい自己中心的な幼児期の思考ステージといえます。しかし、小学生頃になると相手の立場に立った思考が可能となります。それによって、相手が喜んでいる様子や悲しんでいる様子を感じ取ることができるようになり、共に喜んだり悲しんだりする共感性が身につきます。


 この温かな相手を思う気持ちや気遣いは、世界の各地で勃発している紛争で傷つく被害者や難民たちが遭遇している困難にたいする悲しみを、彼らの立場にたって共感する、大切な思いやりの心であり人間としての原点にある崇高な人間性の一つといえるものです。その共感性は、相手を一人の人間として認め、人間として尊重し、その人が持つ「人としての尊厳」を大切にする認識と温かな行動に結びつく理性です。

「共感性」が低い人には「気持ち」を言語化する「感情のコミュニケーション」が必要です

 私たちの社会には、この共感性が欠如したパーソナリティ特性をもつ人が数パーセントの割合で存在しています。そのため、私たちの社会生活では少なからず共感性がない人と遭遇することになります。その時のために、正しい知識を持ち、彼らを理解し、対処方法を認識しておくことが必要です。それにより、相手の共感性の無さに失望したり、腹を立てたりすることによるストレスを最小限に抑えることができます。また知り合った当初のコミュニケーションではストレスを感じることがなく、むしろ好意を持って親しい友人となり、そして結婚した後に、生活ステージや環境変化にともなって相手の共感性のなさに失望することがあります。そのような時に、適切な認識と対処方法を理解していることが、その苦境脱出の大きな助けとなります。相手に失望することなく、その特性を多様性の一つと受け入れて、相手とのコミュニケーションが円滑にできる方法を模索し補完することが必要です。

感情の言語化する場面


 例えば生活場面におけるイベントで、その時々にそのイベントを、どのように考えて「どのように受け止めたのか」、そのことで「どういう気持ちになったのか」について、自分の内的な心理プロセス情報を言葉で伝えることが有効です。それは、相手の立場に立って考え、相手の感情を感じとる類推ができないという、共感性欠如の相手にたいしては、相手に自分の考えや感情を推察してもらうのではなく、自分の感情を明確に言語化して相手に言葉で伝え、相手がこちらの考えと感情をはっきりと認識し理解できるように配慮することで相手の共感性の欠如を補完することに注力したコミュニケーションを取り入れるなどの改善が可能となります。

感情を伝えるコミュニケーション方法


 共感性を持たない相手とストレスのない生活を営むために、発達障害に関連する精神疾患にたいする正しい知識と、最適なコミュニケーション方法を理解しておくことが必要です。そして、相手が持つ共感性の欠如というパーソナリティ特性を個性の多様性の一つであると認識し、受け入れてあげることです。それにより、ストレスを受けることなく相手とのコミュニケーションを円滑にし、適切な人間関係を維持することを可能とします。それは、相手本人にとって、その周囲にとっても、多様性ある個性を排除することなく、全てを包み込むダイバーシティ社会の目指すべき姿となります。

共感性のない大人とのコニュニケーション方法

自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠陥多動症(ADHD)の特徴と対処

 知的水準に問題がなく、共感性の欠如などによってコミュニケーションに問題を生じる発達障害(神経発達症群:DMS-5)には、大きくは自閉スペクトラム症(ASD)注意欠陥多動症(ADHD)があります。さらには、知的水準に問題がなく、発話や読字にも問題がなく、コミュニケーションのみに問題がある場合には、社会的(語用論的)コミュニケーション症と診断されます。
 これらは知的な発達遅延を伴わないため、外見だけでは判別することは難しいといえます。また最近の脳画像の解析によると、原因の一つとして、脳の各部位における脳発達のアンバランスによる脳機能の部分的な不活性によると考えられており、子どもの頃に顕著だった行動特徴が、大人になるにしたがって、脳が順調に発達することでその特性が目立たなくなる場合もあります。

 
 そのため、知的な発達遅延がない場合には、子どもの頃には、他者とのコミュニケーションで多少は違和感はあるものの、極端にコミュニケーションに問題が生じることは少ないといえます。しかし、大人になって他者とのコミュニケーションの重要性が増えることで、周囲が大きな違和感を持たれることや、コミュニケーションの問題が顕在化することになります。

脳診断の画像


 自閉スペクトラム症(ASD)の傾向にある人の症状は、非言語の表情や身振りなどの情報を敏感に察知することが苦手で、相手の気持ちを察したりその場の雰囲気を読み取ることが出来ないことでコミュニケーションに問題が生じます。その他の特徴としては、特定の物事へのこだわりが強すぎる傾向があります。有病率は1~3%程度男子に多いのが特徴です。
 注意欠陥多動症(ADHD)は、多動、衝動、注意欠陥という3つの特徴があり、有病率は3~7%程度女子に多いとされ、人の話に注意を集中できないことや感情を制御できないことでコニュニケーションに問題を生じやすく、整理整頓が苦手など、行動や情動の制御に問題があります。またADHDの特徴には、ASDの特徴を併せ持つ場合もあります。このことから、ASDとADHDの傾向があり、その特徴を持つ成人は、重要な場面でのコミュニケーションにおける伝達ミスや勘違いなどの問題が生じやすいといえます。具体的には、人の話を最後まで聞くことができず、相手の話を遮り自分の意見を発言することや、相手の立場で相手の考えを推論したり、相手の表情や場の空気を読み取ることが苦手で、相手に共感することができず、周囲にたいしてコミュニケーションに違和感を感じさせることになります。

 最近は大人の発達障害の認知度が高まったことや、DMS診断基準の改定でASDやADHDの診断基準の範囲が拡げられたこと、ASDとADHDの合併症が診断基準に追加されたこともあり、推定の有病率は年々増加の傾向にあります。具体的には、2013年のDMS-5改定で、ASDは旧アスペルガー障害も含めた周辺症状を連続的なスペクトラムとして対象範囲が拡大されたこと。及び、従来の子どもを中心とした発達障害の診断に加え、大人の発達障害も含めた診断基準とされたこともあり、心療内科で大人の方々にたいするASDやADHDの診断が増加している背景もあると思われます。

感情抑制できないコミュニケーションの場面

 
 ASDやADHDなどの発達障害の特性として、子どもの頃には、友達が少ないことや一人遊びを好んだり、興味のある領域に没頭して調べものをするなど人並外れた集中力を発揮し、他の子どもとは異なる学究的な研究成果をあげた人が多くいます。また、子どもの頃にADHD的な言動や問題行動で周囲を悩ませたエピソードを持っているものの、突拍子もないアイデアなど豊かな発想力を発揮た歴史の偉人たちや、現代の世界をリードしたエクセレント・カンパニーといわれる企業の創設者の有名人が多く存在しています。


 また、子どもの頃には、コミュニケーションにおいては大きな問題もなく順調に成人した後に、問題なく社会生活を営むことができていても、職場で部下を指導する立場になった時などに、周囲がコミュニケーションで違和感を強く感じることがあります。また、親しい人と巡り合い結婚して夫婦共働きで生活に追われつつも順調に二人で家庭を維持してきたけれど、子どもを授かったのちに問題が大きく顕在化するケースもあります。例えば、子どもが誕生して子育てのステージとなった時など、自分勝手で子育ての苦労を分かち合うことができない夫に冷酷さを感じることがあります。

育児不安の場面

 
社会生活における対人コミュニケーションにおいて、相手の立場に立って考え、相手の気持ちを感じ取り、その感情に共感することは、すべての場面の対人関係においてとても重要な心の動きです。それは、職場におけるプロジェクト遂行やメンバーの抱える問題や課題を把握する場合などでとくに重要です。また、家族との安らぎのある時間を過ごせる家庭を維持するうえにおいても、とても重要です。しかし、自閉スペクトラム症(ASD)の傾向にある人の場合や、注意欠陥多動症(ADHD)の傾向にある人は、他者とのコミュニケーションのにおいて、相手の状況を察することが難しいことがあります。

共感性のないコミュニケーション場面

 
 この、自閉スペクトラム症(ASD)や、注意欠陥多動症(ADHD)の傾向にある成人の場合には、言語以外の、視線の変化、顔の表情変化、体の姿勢の変化、身振りの変化、など多彩な非言語的行動を自ら活用した対人相互反応が難しい場合や、相手の発する言語以外の表情の変化など、非言語的行動の微妙な変化を読み取り、相手の心の内面を推察したり類推認識することが難しい場合があります。

 円滑な意思疎通によるコミュニケーションにおいて、相手の言葉である言語を理解することと同様に、言葉に表現されない部分の情報類推や、言葉以外の態度や身振り、ちょっとした眼差しの変化、顔の表情など、を読み取るコミュニケーションスキルが必要です。同様に、チャットやメールの文字にされていない行間を読むことも求められます。しかし、言葉以外の情報把握や類推することが脳機能的に難しい人や、言語以外のすべての情報を類推し統合的に分析することが不得手な人は、職場や家庭における円滑な対人コミュニケーションが難しくなる傾向にあります。

コミュニケーションの問題

 
 職場や家庭において、大人の発達障害傾向にある自閉スペクトラム症(ASD)や、注意欠陥多動症(ADHD)の特性がある人とのコミュニケーションは、以心伝心で分かりあえることは難しく、スムーズな意思の疎通ができないため、大きなストレスを受けてしまいます。特に重要なイベントでは、お互いの状況を的確に把握するためには、相手がどのような状況にあるのかを、言語情報を基本として、その言葉だけではなく表情や身振りなどの言語以外の情報も含めて総合的に認識し相手の状況を的確に把握することが求められます。このような場合に、相手の立場に立って考え、客観的な情報だけではなく、相手の立場に立って相手の感情・気持ちを理解することは他者理解の基本的な社会的スキルといえるものです。

【自閉スペクトラム症の診断基準】
自閉スペクトラム症の診断については、DSM-5に記述されており、下記などの条件が満たされたときに診断されます。

  1. 複数の状況で社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応における持続的欠陥があること
    1. 相互の対人的ー情緒的関係の欠落で、例えば対人的に異常な近づき方や普通の会話のやり取りができないことといったものから、興味、情報、または感情を共有することができないことに及ぶ。
    2. 対人的相互反応で非言語コミュニケーション行動を持ちいることの欠陥、例えば、統合の悪い言語的と非言語的コミュニケーションから、視線を合わせことと身振りの異常、または身振りの理解やその使用の欠陥、顔の表情や非言語コミュニケーショの完全な欠落に及ぶ。
    3. 人間関係を発展させ、維持し、それを理解することの欠陥で、例えば、さまざまな社会的状況に合った行動に調整することの困難さから、想像遊びを他者と一緒にしたり、友人を作ることの困難さ、または仲間にたいする興味の欠如に及ぶ。
  2. 行動、興味、または活動の限定された反復的な様式が2つ以上あること(情動的、反復的な身体の運動や会話、固執やこだわり、極めて限定され執着する興味、感覚刺激に対する過敏さまたは鈍感さ など)
  3. 発達早期から1,2の症状が存在していること
  4. 発達に応じた対人関係や学業的・職業的な機能が障害されていること
  5. これらの障害が、知的能力障害(知的障害)や全般性発達遅延ではうまく説明されないこと

・ASD 参考情報:厚生労働省e-ヘルスネット ASD(自閉スペクトラム症、アスペルガー症候群)


【注意欠陥多動症の診断基準】
ADHDの診断については、アメリカ精神医学会(APA)のDSM-5(「精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版」)に記述されており、下記などの条件が全て満たされたときにADHDと診断されます。

  1. 「不注意」が同程度の年齢の発達水準に比べてより頻繁に強く認められること
    • 活動に集中できない
    • 気が散りやすい
    • 物をなくしやすい
    • 順序だてて活動に取組めないなど
  2. 「多動-衝動性」が同程度の年齢の発達水準に比べてより頻繁に強く認められること
    • 席についてじっとしていられない、不快に感じる
    • 静かな時間を過ごすことができない
    • 他人の話しを最後まで待つことが苦手
    • 順番を待てない、他人のじゃまをしてしまうなど
  3. 症状のいくつかが12歳以前より認められること
  4. 2つ以上の状況において(家庭、学校、職場、その他の活動中など)障害となっていること
  5. 発達に応じた対人関係や学業的・職業的な機能が障害されていること
  6. その症状が、統合失調症、または他の精神病性障害の経過中に起こるものではなく、他の精神疾患ではうまく説明されないこと

・ADHD参考情報:厚生労働省e-ヘルスネット ADHD(注意欠如・多動症)の診断と治療

自己愛性パーソナリティ障害(NPD)の特徴と対応

 パーソナリティ特性とは,長期にわたって比較的一定している思考,知覚,反応,および対人関係のパターンのことですが、パーソナリティ障害(DMS-5ではパーソナリティ症)の人は、その人の属する文化から期待されるパーソナリティ特性から逸脱した、あるいは著しく偏った独自のこだわり的な思考様式および行動様式が持続的にみられます。その結果、職場や家庭で社会的なコミュニケーションに問題を有する場合に診断される疾患です。その独自の偏ったパーソナリティ特性の領域において、①認知様式、②感情様式、③対人関係機能、④衝動の抑制、の領域などに見られます。しかし、そのパーソナリティ特性の偏りやこだわり自体を本人が自覚し問題視することはなく、それが普通であり当然だという本人の認識があります。そのためパーソナリティ障害の傾向にある本人が自分自身の認識や行動に違和感があると気がつくことは少ないといえます。そのため、パーソナリティ障害の傾向にある人は、対人ミュニケーションにおいて、標準的な暗黙の了解をお互いに形成することが難しい一面があり、社会スキルとして人間関係を構築し、維持することが難しくなる恐れがあります。

 周囲にストレスを与えない円滑なコミュニケーションを可能とするために必要なことは、いかにして本人に自分の特性を自覚してもらうかです。それが周囲を気遣う思いやりの心が持てるか否かを左右することになります。
 身近な周囲は、本人の自尊心を傷つけることなく、本人に自分のパーソナリティ特性の偏りに気づかせることで、本人が周囲との関わりで留意すべきポイントを習得できるようにサポートすることが重要となります。

 
 パーソナリティ障害のうち自己愛性パーソナリティ障害(DMS-5では自己愛性パーソナリティ症)(略称:NPD)の傾向にある人は、自尊心が非常に高く、自分は他者からの賞賛が当然だという認識があります。適度な自尊心は自己効力感を高めるために必要ですが、この自尊心が過度になってしまい、適度な調節が困難な状態で、自分の優位性を維持することに常に努力することになります。そのために、他者を傷つける発言や意地悪な言葉を発することで、他者を自分より低く評価し、自分の優位性を誇示する傾向があります。また、常に他者に恥辱感や敗北感を味わわせる材料に敏感に反応し他人の失敗や問題点を探しだすことに注力します。そして、他者に対して常に自分が優位に立つために、他者の悪口を周囲に言いふらしたり、直接本人に悪口を言ったりします。さらに、他者にたいしてきわめて低い評価で非難したり怒りまたは軽蔑をもって反応したり悪意をもって常に反撃したりします。また、周囲からの賞賛を常に受ける必要があるため、ときには自分のうぬぼれの感覚(誇大性)を守るために引きこもったり、失敗する可能性がある新たな行動を過度に避けるような心理的な脆弱性を持っています。

 
 この自己愛性パーソナリティ障害の人が持つ過剰な自尊心や、他者を酷評し、自分を優位に見せる心理的動因の背景にある大きな特徴は、相手の考えや気持ちに共感ぜず、相手の状況を察しようとしないことです。それは「共感性の欠如」であり、相手の考えや気持ちを相手の立場になって類推できない推しはかることの必要性を認識していない、または相手への気遣いは無意味で不要だ、等と考えている場合が多くあります。

 このような偏った特性によって、最初に問題となるのは職場の周囲や家族の側です。本人とのコミュニケーションがスムーズに機能しないことで、大きなストレスを周囲の人たちが抱えることになります。しかし本人は、なぜ相手が不快感を感じたり、問題だと認識し、大きなストレスを抱える様子を察知できません。または相手のストレスを察知できたとしても、なぜそのようなストレスを受けているのか全く理解できません。むしろ、相手に問題があり自分の側に問題があるとは考えることはません。そのため、自分の側に非があることを理解できないこと自体が大きな問題となります。
 その結果、生活ステージが変化する等の節目に、社会的なコミュニケーションがうまく行かない状況に陥った段階で周囲の反応に違和感を感じることで気がつくことになります。例えば、職場でプロジェクトリーダーとして部下育成の立場になった時や、家庭では結婚して子供が授かり子育てのステージとなった時などの生活環境の変化で、問題が表面化し、周囲とうまくコミュニケーションが取れない場面が多くなります。その結果、周囲が非協力的なので仕事がうまく行かないとか、家族との衝突が増えるなどの問題が顕在化します。そして、周囲との対人関係に悩むことことで心理カウンセリングを受けたり、ストレスによる睡眠不足やうつ病などの二次的な精神疾患で心療内科を受診したりして、自分に問題があることにようやく気づくことになります。

カウンセリング場面

 
 パーソナリティ障害傾向が強まった人の背景にある一つの要因として生育歴による環境影響が考えられます。それは、人格形成の基礎を形成する重要な時期である児童期に、児童虐待的な関わりを持って育てられた場合や、偏った思考ロジックを持った養育者のパーソナリティの影響を受けている場合や、事件事故に遭遇したなどのトラウマ的な体験を持っている場合や、その他の育った家庭環境の影響を受けている場合もあります。それらの影響によって、偏った思想・哲学的な融通の利かない偏狭な固定観念が出来上がっているケースでは、相手の感情や考え・立場を軽視する独自のコミュニケーションスタイルを生み出している場合もあります。

アメリカ精神医学会(APA)の精神疾患の分類と診断の手引き(DMS-5)の診断基準では、
自己愛性パーソナリティ症(NPD:Narcissistic Personality Disorder)は、誇大性(空想または行動における)、賞賛されたいという欲求、共感性の欠如の広範な様式で、成人早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。

  1. 自己の重要性に関する誇大な感覚(十分な才能がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)
  2. 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは空想的な愛の空想にとらわれている
  3. 自分が「特別」であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人たちに(または施設で)しか理解されない、または関係があるべきだと信じている
  4. 過剰な賞賛を求める
  5. 特権意識、特別な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する
  6. 対人関係で相手を不当に利用する、自分自身の目的を達成するために他人を利用する
  7. 共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない
  8. しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む
  9. 尊大で放漫な行動、または態度』

参考情報:米国精神医学会(APA)ホームページ

前頭側頭型 認知症で人格が急変した人の特徴と対処

 
 もともと温和だった人が、急に融通のきかない偏狭で、相手への思いやりのない共感性が欠如したコミュニケーションに急変することがあります。その原因として、交通事故による頭部外傷の場合や、脳神経性疾患による影響で脳の前頭葉部位の機能低下感情抑制ができない直情的興奮器質に変化するケースがあります。また同様に、働き盛りの若年性認知症や老齢期認知症などの症状として従来とは人格が大きく変化する場合があります。とくに人格変容をもたらす認知症として前頭側頭型認知症があり、これは前頭葉側頭葉変性症(多くがPic病)が背景にある脳の限局性萎縮によるもので、脳の気質的変化による認知症です。
 この前頭葉は、本能的な衝動を抑制して理性的な行動を行ったり、他人の気持ちを推し量ったり、ものごとを計画的に遂行したり、ものごとに対する興味や関心を維持したりする働きを持っています。この前頭葉が萎縮するなどで、脳機能が低下すると、相手を思いやる共感性が欠如したり、理性を保つ情動抑制や社会ルールを守る社会性が失われるなど、人格変容が起きる恐れがあります。この認知症の発症率は諸外国の例では、平均発症年齢はおよそ58歳と報告されていますが20歳~80歳と幅があり、通常は40歳~75歳で発症する方が多いとされています。また我が国の報告では平均発症年齢は55歳で36歳~71歳と幅があり、特に働き盛りの人の場合には、本人が自分の人格変容を早期に気がつくことが少なく、他の認知症のように初期では記憶力低下が少なく認知症の病識を得ることは少ないとされています。初期の人格の変化について、本人は生活様式の変化やストレス状況の変化によって、物事にたいする単なる「考え方の変化」や「こだわりの変化」と受け止めてしまうことで、早期治療や対応が遅れるケースがあります。その反面、職場や家族などの周囲の人たちは、周りの気持ちを察することが出来ないなどの人格が急変したことについて、急に人が変わったような違和感に気がつきます。

認知症傾向の人とのコミュニケーション場面

 
 本人の人格が変化していることに周囲は気づき、その本人の行動や言動を問題視することになります。具体的には、職場では周囲の忙しさの雰囲気を察することができず、また家庭では家族が悩んでいる状況を察することができないなどの共感性が欠如した人格となるため、職場の周囲や親しい友人や家族にたいしてストレスをまき散らすことになり、接することを避けたい「困った隣人」とされることが増えてきます。症状が進行し脳萎縮が進行すると行動自体が大きく変化し、順番を待てないなどの社会性の低下感情の衝動抑制ができないために反社会的な行動に結びつくなど、社会生活に大きく影響する場合もありますます。周囲にとっても本人にとっても早期診断と早期治療が必要となります。

認知症傾向にあるビジネスマンの場面

 
 このような脳の器質的疾患による脳機能変化として、前頭葉などの萎縮による脳機能バランスの変化、脳血流の変化、神経伝達物質のバランスの変化などが要因となって、融通のきかない偏狭な思考によって、対人コミュニケーションに問題が生じる場合があります。これらのケースでは、従来は人の気持ちを察することができていた人が、近ごろ融通がきかない頑固さが強くなってきたと周囲の人が感じる場合などでは、何らかの脳機能が変化しているような脳の器質的変化についても疑うことが必要です。そのため、早期に診断を受けて、自分の人間性が変化したのではなく、変化の原因は疾病なのだという認識を、そのご本人とご家族が持っていただき、適切な心構えと対応で、ご本人の変化状況に応じた対応方法を明確にした、コミュニケーションができるように、相手の気持ちを言葉がけでその都度に確認し合うなど、意思伝達の補完方法を取り入れることにより、従来通りに相手を気遣う思いやりの心を維持することを目指して頂くことが必要です。

technology computer room health

 
 平成28年度厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業として、2017年3月に独立行政法人国立病院機構松江医療センターからリリースされた「前頭側頭葉変性症の療養の手引き」によると、『前頭側頭葉変性症の中でも、行動異常型の前頭側頭型認知症で主に侵されるのは、前頭葉と呼ばれる脳の前方部です。前頭葉は、本能的な衝動を抑制して理性的な行動を行ったり、他人の気持ちを推し量ったり、ものごとを計画的に遂行したり、ものごとに対する興味や関心を維持したりする働きを持っています。(行動異常型)前頭側頭型認知症では、これらの前頭葉の機能が低下し、人格の変化や行動面でのさまざまな問題が出現します。(中略)このような行動異常型の前頭側頭型認知症でみられるこのような症状は、他の認知症ではほとんど出現しません。そのため、最初は病気の症状であることがわからず、「一体、夫(妻)に何が起こったのだろう」「どのように対応すればよいのだろうか」と悩まれているご家族は少なくありません。』

そして、同手引きによると、診断基準としては下記のようになります。
【行動異常型の前頭側頭型認知症の診断基準】
A)脱抑制不適当あるいは衝動的な行動、マナーの欠如
脱抑制(抑制のとれた行動)とは、欲求や感情をコントロールすることが難しくなることです。そのために、万引きする、列に並んで待てない、信号無視をするなどの社会的に不適切な行動が出現します。
B)無関心・無気力食欲の喪失、行動開始の減少
意欲がなくなり、それまでやっていた仕事や趣味をやらなくなります 。さらに、日常生活上で必要な行動もやろうとしなくなり、例えば歯磨きをするにも指示を必要としたりします。
C)共感や感情移入の欠如他者の感情を読むあるいは体験を想像する能力の低下
共感性が低下し、他人の痛みや苦しみに対して傷つけるような発言をしたり、または無関心だったりします。接した人に対し、よそよそしいあるいは冷淡といった印象をしばしば与えます。 
D) 常同的または強迫的な行動繰り返す動き、言葉、行動など
同じ行動を繰り返すのも特徴的な症状です。これには、手を叩く、鼻歌を歌うなどの単純な動きの繰り返し、何度もトイレに行く、固定したルートを歩くなどの常同的・強迫的行動、単語やフレーズなどを繰り返して言う常同言語などがあります。何を聞いても同じ返答をすることを帯続言語と言います 。
E)口唇傾向と食習慣の変化嗜好の変化、過食、飲酒の増加、異食など
食べ物の嗜好が変化し、例えばそれまで甘いものが好きではなかったのにチョコレートや饅頭をたくさん食べるようになったりします 。常同性が食習慣にも現れて毎日同じものばかり食べるようになったり、抑制がきかずに食べ過ぎたりすることもあります。手に取るものはなんでも口に運ぼうとする口唇傾向がみられることもあります。
F)特徴的な認知機能障害記憶と視空間認知は保たれ、遂行機能に障害がある
認知機能障害の特徴は、記憶と視空間認知機能は比較的保たれ、遂行機能が障害されることです。遂行機能とは、目標を定め、その実現のために計画を立て、段取りを踏んで実行していく能力のことで、それが障害されると仕事が期限までに仕上がらないとか料理がうまくできないといった症状として表れます。 

これらの症状によって明らかな社会的機能の低下があり、脳画像検査で特徴的な変化が認められるとさらに診断の確実性が上がります。脳画像上の特徴とは、頭部MRIあるいはCTで前頭葉あるいは側頭葉前部の萎縮が認められるか、Positron Emission Tomography(PET)あるいはSingle Photon Emission Computed Tomography(SPECT)で同部位の代謝あるいは血流低下が認められることです。』

①参考情報:独立行政法人国立病院機構松江医療センター「前頭側頭葉変性症の療養の手引き」
監 修  祖父江 元 氏(名古屋大学大学院医学系研究科)、池田  学 氏(大阪大学精神科)、中島 健二 氏(松江医療センター)
発行者  平成28年度厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業)「神経変性疾患領域における基盤的調査研究」班 
研究代表者 中島 健二 氏 独立行政法人国立病院機構松江医療センター
②参考情報:前頭側頭型認知症の症候学(池田 学 氏論文 平成27年7月25日第29回老年期認知症研究会発表論文)

発達障害を多様性として包み込むコミュニケーションが求められる

 この混沌とした激動の現代社会では、職場での同僚や上司にたいして、さらには家族にたいしてストレスを感じることは、往々にして生じることであり、避けられない現実があります。このような時に、相手が「大人の発達障害(神経発達症)」ではないかと思われるパーソナリティ特性を持っていると感じる場面や、相手の人格が大きく変化してきていると感じる場面、さらには生活ステージが変化していることで、相手の新たな一面に遭遇することもあると思われます。そのような時に、相手がこちらの気持ちを理解してくれないことで、単に「共感性の欠如」した人間だから異質な問題児として、排除したり壁をつくることは社会としての大きな損失となります。 

 そのような場面で、大切なことは、相手に障害があるとするのではなく、相手のパーソナリティ特性を多様性の一つであると認識することが必要です。それによって、その相手のパーソナリティ特性に応じた最適なコミュニケーションの対処をとることができます。それにより、相手を排除するのではなく、相手の持つ多面的な優れた才能を引き出すことに注力し、その優れた才能を発揮できる活躍の場を探し出すことが肝心です。それによって多様性を包み込む社会が築かれ、これからの変化の激しい激動の時代を乗り越え、全ての人々がそれぞれの優れた才能を発揮し活躍できる世界が開けることを確信しています。

個性の多様性を包み込む場面

 
 共感性が欠如した相手とのコミュニケーションのポイントは、その時々の周囲で起きた出来事を、自分はどのように受け止め「どのように認識したのか」、そのことで「どういう気持ちになったのか」という内的な心理プロセス情報を言葉で伝えることで相手がこちらの考えや気持ちを把握してもらうことが可能となります。それは、相手の立場に立って考え、感情を感じとることができない人には、その時々の感情を明確に言語化して言葉で伝えることです。それにより、相手がこちらの感情をはっきりと認識し理解してもらえることが可能となります。このように、相手の共感性の欠如を補完するコミュニケーションの方法を取り入れることでお互いに心の内面を共有することが可能となります。

子ども達の多様性を尊重する写真

 
 相手への共感性がないことや、相手の気持ちを推察することができないコミュニケーションに問題を抱える大人の方々は往々にして、子どもの頃に特定はできないが発達障害の傾向があるとして、診断基準を満たしていないがADHDやASDに近い傾向があるなどの診断を受けた経験がある場合もあります。しかし、そのような診断を子どもの頃に受けた経験があっても、周囲から異質だと排除されることなく理解のある家族や温かな周囲の人たちから、それを発達障害の「障害」でではなく、多様性のある人間の「個性の一つ」だとして、その個性をあたたかく受け入れてくれて、その個性を包み込んでもらって育てられた結果、思いやりの共感性を身につけることができた方々も多く存在しています。
 それは、独特なコミュニケーションの取り方をする子だったとしても、問題児だとされることなく、ポジティブ面の素晴らしい特性をを必ず持っているとして、その子が持っている優れた才能を引き出してくれて、その素晴らしさを美点凝視の心でフォーカスしてもらいながら育てられた結果、自らもその才能に自信を持ち、自己効力感に包まれながら、その素晴らしい特性を伸ばことができたといえます。そして、自分の才能を信じながら、適切な対人コミュニケーションの方法を常に学習努力されてきたのだと推察します。子どもの頃に発達障害と診断されても、子どもの頃から、相手を気遣う思いやりのあるコミュニケーションの社会スキルを学習し、周囲のサポートと自分の努力によって、相手を思いやる社会性が身についた大人に成長することができたといえます。

 
 いっぽう、子どもの頃に、家族をはじめ周囲から問題児だとして敬遠され、家庭では児童虐待的な関わりを養育者から受けることになったり、友達からイジメを受けたり、学校に馴染めなかったりした経験があると、その本人は対人コミュニケーションに問題があることを自覚し、積極的な対人関係の構築スキルが育つ機会を逸してしまうことが考えられます。このように社会で活躍する機会を無くしてしまうことに結びつかないように、発達障害と診断を受けた子の養育者や周囲の人たちは、「障害ではなく多様性」なのだと受けとめ、その子の持つ多面的な特性の中から、光り輝く秀でた素晴らしい側面を探し出しそれにフォーカスを当ててあげることで、自分に自信を持つことができて、自分の未来を切り開くことができるように、関わってあげることが必要です。

長谷川メンタルヘルスケアセンター
代表 長谷川 裕通

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